◆ 会の名前が決定しました!「いわた逸品の会」〜 いわたの自慢を作ろう〜

● 意見交換の場
   ・掲示板
   ・アンケート

● 参加要領
<< 随時参加募集中 >>
   ・参加費:3,000円
      いわたの新茶リキュール
   ・募集期間:2006年4月末まで
   ・募集人数:無制限
   参加申込みはこちら >>
   随時募集チラシはこちら >>

   今日現在の参加者数:116人

● 活動の予定
   ・活動スケジュール

● 活動の記録
   ・千寿酒造ガーデンパーティ
   ・リキュールの仕込みと
      七夕の夜の研究会
   ・セットを発送しました
   ・新聞の取材を受けました
   ・発足会と懇親会をしました
   ・セットを作りました
   ・第一次メンバー募集

● 完成目標
   1)いわたの新茶リキュール
   2)2006年5月


● 酒の肴(議論)のテーマ
   1)旨い飲み方
   2)旨い調合具合
   3)良くあうツマミ
   4)お菓子の材料として
   5)その他自由に

● メールマガジンの予定
  < お茶の話 >
  1回目:お茶とは
  2回目:お茶の栽培(1)
  3回目:お茶の栽培(2)
  4回目:茶の加工から流通
  5回目:いわた茶の特徴
  6回目:お茶と健康(1)
  7回目:お茶と健康(2)
  8回目:お茶と健康(3)
  9回目:お茶の楽しみ方(1)
 10回目:お茶の楽しみ方(2)

  < リキュールの話 >
  1回目:リキュールとは
  2回目:リキュールの歴史
  3回目:リキュールの製造方法
  4回目:リキュールの種類(1)
  5回目:リキュールの種類(2)
  6回目:リキュールの種類(3)
  7回目:世界のリキュール(1)
  8回目:世界のリキュール(3)
  9回目:世界のリキュール(3)
 10回目:リキュールの楽しみ方

  < 良ちゃんの今月のお薦め
リキュール >   
  第一回目のおおすめ
  第二回目のおすすめ
  第三回目のおすすめ
  第四回目のおすすめ

● リキュール通信
  第一回
  第二回
  第三回
  第四回

● ご協力者の紹介
   千寿酒造株式会社
   有限会社マルキ 様
   有限会社上下屋 様
   醍醐荘

   ホームタウンいわた
   いわたブランド
   トラジュビ

わたの新茶リキュール次回の活動予定
<勉強会>
 ・テーマ:「お茶と健康、おいしいお茶の入れ方」
        〜お茶について少し深く学ぼう〜
 ・講師:小泊重洋氏(日本茶インストラクター協会理事 掛川市在住)
 ・日時:平成17年10月29日(土)13:30〜15:30
 ・場所:磐田市旧赤松家記念館 和室
      〒438-0078 静岡県磐田市見付3884-10 TEL:0538-36-0340
      http://www.city.iwata.shizuoka.jp/sight/01/si0113.html
      http://iwataguide.seesaa.net/article/2361347.html
 ・費用:500円/人(お茶とお菓子付き!)
 ・参加申込み:こちらへ(info@iwatanet.com)メールでお申し込み下さい。(どなたでもどうぞ)
<旧赤松家のこと>

赤松家記念館会場となる「旧赤松邸」は、近代日本の造船技術の先駆者で、明治期に磐田原台地に茶園を開拓した赤松則良の邸宅跡です。

ここで、赤松則良氏の紹介をさせて頂きます。

 赤松則良氏は、幕末に米国との修好通商条約批准書交換のための使節派遣に伴い、19歳の時咸臨丸で渡米し、引き続いてオランダに留学して海軍の造船技術を学び、明治維新のもとで造船技術の先駆者として活躍しました。
 また、明治初年、赤松則良氏は磐田原の開墾に着手し、磐田原の茶園開拓に先駆者的な役割を果たしました。
 さらに、沼津兵学校創立にもあたり西周(にしあまね)と協力し、日本の近代教育の基礎を築きました。
 その後、勝海舟の勧めもあり、1870年、海軍兵学校大教授となり、1877年には男爵授与、海軍中将、佐世保鎮守府司令長官と海軍の要職を歴任しました。
 そして、1892年、磐田の地に移った後は、貴族院議員に当選し、78歳で亡くなるまで21年間努めました。

 則良の長女 登志子氏は、森鴎外に嫁ぎ、孫の赤松照彦氏は、初代磐田市長として4期16年の長きに渡り磐田市の発展に尽くしました。

 このように、磐田の歴史とは、深いつながりのある赤松則良ですが、実は、お酒にも関係があるのです。
幕府派遣の留学団として、オランダに向かう航海途中のジャカルタで、一行は初めて「氷入りのビール」を口にし、「甚だ快」と感動したことがビールの歴史に記載されています。

<参考>
留学団一行は、航海中もオランダ滞在中もビールをはじめアルコールを飲む機会に恵まれていたようだ。赤松則良がその前半生を回顧した『赤松則良半生談』の中には、渡航中に船員が「私たちを迎へ葡萄酒や麦酒を飲まして呉れる」とある。また、留学中にビールの味を覚えたと思われる榎本武揚は、帰国後ビール党として名を馳せている。(キリンビールの歴史より http://www.kirin.co.jp/company/history/soseiki/nishi.html


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