平成×年×月×日(月) 日々新たに「よりよくあろう」 倫風宏話 上廣 栄治先生 2400年前ギリシャにアテネの全盛期を築いたペリクレスの言葉 「我々は美を愛する、但し節度を持って。 我々は知性を尊重する、但し溺れることなしに。 我々は富を追求する、但し可能性を持ち続けるために。 愚かにも自慢するためにではない。・・・・・・ アテネでは貧しいことは恥ではない。 だが、貧しさから脱しようと勤めないことは恥辱である。」と 「よりよくあろう」と努力することこそが大切です。 但し目標を達成するために節度を欠いたり、倫理に悖ることをしてはならない。 そして、現在どうあるかは恥としないが 「よりよくあろう」としないことは恥である。 日々新たに「よりよくあろう」と努力しているかどうか? 現実に埋没したり自分を過大に思い込んだりしてはいないかを反省する。 さらにまた、 善き心を持って、善なる志を立てたと言うことだけに満足して 実践という困難を忘れてはいないか? 実際に実践をして実践を通して様々な困難を乗り越えてこそ、尊いのです。 ペリクレスは今の自分を恥じることはないとも言っています。 今日と明日にかくありたいという目標があり それに向けて努力し実践を続けていれば良いとも言ってます。
平成×年×月×日(土) 夢を描きながらも、現実を生き抜こう。 ギリシャアテネの全盛期を築いたペリクレスの言葉より 「今の自分を恥じることはない。今日と明日にかくありたいという目標があり それに向けて努力し実践を続けていけばいいのです。」と 日々新に「よりよくあろう」と学ばさせていただいております。 そんなことに従って、私がかくありたいという目標をこの朝に掲げてみたいと思います。 <わたしが本当に欲しいもの> ゆったりとした心のゆとりと確かなものへの手応え。 こつこつと人を訪問し、行って喜ばれて、役に立って帰ってくる。 とりわけ問題事は「眠り」にかんすること。しっかり役立っているなあと言う手応え。 「眠り」に関して私が出来ることは、本当にごくわずかなこと。 けれどもしっかりとネットワークが出来ていて困っている人の相談に応じることが出来る。 そんな自分でありたい。 ジュビロードにあるお店はサロンのようで、そこでは人々が集まって来て、それぞれに眠り方について 「良い方法」を分かち合っている。 人生を楽しみたい、眠りを楽しみたい人がより高みを目指して語り合っている。 家内がそこで楽しそうに、皆の話を聞いている。 店内には、簡素でシンプルななナイティから、ハーブの各種、ヒーリングミュージック、書籍等、 お客様が気軽に手にとってその効能を確かめ味わえるスペースも用意されている。 自ずとお客様の滞在時間も長く、お帰りの際にはみな満足して帰られる。 私は外から帰ってきて、家内から今日こんなことがあったのよと楽しい報告を聞いている。 そして私は 「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪にも夏の暑さにも負けず・・・・ 南に死にそうな人あれば 行って 怖がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば 行って つまらないからやめろと言い 皆にデクノボーと呼ばれ 誉められもせず 苦にもされず そういうものに私はなりたい」を実践している。 そして、明け方、コンピュータに向かい、インターネットを通して入ってきた様々な情報を 自分の血肉として加工吸収し、またこちらからも与え得る役立つ情報を流している。 現実でも、バーチャルでも、しっかり地に足を着けた働きをそして生活を送っている。 こんな毎日が送れたらと思います。 そして <恥じるべきではない現実>は わたしに今あるものは売り上げ、売り上げ、今日の売り上げと潰れそうで、 まだなんとか持ちこたえている お店。特にこの夏場、月末月初はお金に負われ、 打ちひしがれている自分の姿。赤字の決算書を持って資金調達に銀行に行く自分の姿。 夢を語り熱弁するが、なかなかいい返事がもらえない自分の姿。 父から受け継がざるおえなかった、(喜んで受け継いだと思うことにしよう)お店。 これがあるからいいんだよ。と言い聞かす自分。 また、インターネットを40才の手習いではじめてその基本的操作に時間を奪われながら そんなことしている暇があったらお客様回りをしてきなさいと怒られて、そんな中でも ぼちぼちと出来てきた、いろいろなネットワーク。枕の先生にも、製造メーカーにも、 医療関係にも、そして日本だけでなく海外にも広がった心のシンクロの世界。そのネットワーク。 今、こうして だんだんだんだんと夢に向かっているように思います。 「夜明け前が一番くらい時」なんて言っちゃって。 全て必要、現実大肯定で、今日も一日喜んで進んで働きます。
柔軟な組織、ネットワークをつくる。 自分が中心になる。そして、だれでもが 中心になれる。意見調整に時間をさくことができれば。 ☆今日は、失敗を恐れたり、 臆病心が刺激される日。 心が揺れ動いたら、そのままにしないで、 なぜそうなるのかに目を向けよう。 原因をつきとめることで、不安を克服できる。
この月(2月) 自分の苦労は人にはわからない。同様に相手の苦労も自分はわからない。 だが、苦労を分かち合える友は、互いにわかり合える。 ☆今日は、チャレンジ精神や目的意識が強まる日。 自分の気持ちに対して、行動を起こす準備は万端か? 状況は適切か? 一度立ち止まって、実情を正しく認識するとき
<マヤ暦のページ> VOICEさん ここに行くと今日はどんな日かを教えてくれます。 いずれにせよそこに生じるズレを解消しなければ 確かな一日は、しっかり足が大地についた生き方は出来るものではない。
平成×年×月×日(日) ある優秀な青年が理科系の大学を卒業してとある優良企業に就職していた。 そこに、別の企業からスカウトの話がやってきた。 条件は給料が今の倍の倍額支給と言うことであった。 その青年は、悩んだ結果、郷里の父親に相談をした。父親の答えは「今まで御世話に なった会社に対して、まだまだご恩返しもしていないのに給料が良いからと、簡単に 天職をするべきではない。」と諭した。 青年はその父親の意見に従い、そのスカウトの申し出でを断った。 後で分かったことであるが、そのスカウトしてきたのは社名をでっち上げたオウム 真理教壇であったとのこと。 ここに優秀な青年、父親、仕事のあり方、お金といろいろなことが凝縮されている。 私は眠りから覚めた、今日にしか生きていない。 その今日一日を自ら高めることに、親に感謝できるように、社会に生かされていることをもって 社会にお役立てが出来る仕事をして、お金が入ってくる。というしくみ。 お金が目的ではなく、生かされている自分に感謝して、今日一日を生き抜いていこうと 思います。 そしてそのご褒美にみなさまの、素敵な眠りの環境を提供できたら嬉しいものです。 このページをご覧になったら、メールをください。
平成×年×月×日(金) このところサーカディアンリズム・体内時計とよく耳にするが同じように私の元には 江戸時代の貝原益軒の「養生訓」が引き合いに出されるようになっている。 とりわけ「睡眠」については
と記してある。 時は流れこの百年あまりの近代社会の中で人々は多くのことを自然から切り離してきました。 そして今、21世紀を迎えるに当たって、気づかなければいけないことが たくさん出てきているようです。 「眠り」〜「目覚め」の範疇は人間業ではなかなか手を加えることの出来ない自然界の領域です。 今の大自然からの警鐘。 それに応えるのが「万物の霊長」たる私たち人類の使命でしょう。 ここに与えられた一日に、喜んで進んで働きます。
平成×年×月×日(木) 眠りについて。 最近つとめていること。 床について5秒で、眠りにはいること これが自然体。 もちろん眠りの前の儀式 今日の反省とか セックスとかを除いて 「眠らさせていただく」の気持ちで 床に入って、あっと言う間に眠りにつく。 あの世(のようなところ)に行くのに 5秒の時間。 目が覚めたら 同じく ふとんの中で、もじもじせずに 即座に起きあがる。 そんな毎日、一日のスタートを心がけます。 よい眠りができたら 気持ちのいいスタートが出来る。 寝ても覚めても Be Happy! 自分が認知できるところの 「今日一日」に全力をかけたいものです。 それのための終わり方とはじめ方 眠りと目覚めを したいものです。
平成×年×月×日(水) 遠い昔に聞いただろう宮沢賢治の「雨ニモマケズ」 こんな詩が今の私にはとても心にしみる。 眠りから覚めたらこんな気持ちで一日を過ごしてみよう。 雨にも負けず風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けず 丈夫な身体を持ち 欲はなく 決していからず いつも静かに笑っている 一日玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かりそして忘れず 野原の松の林の陰の 小さな藁葺きの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめよと言い 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き 皆にデクノボーと呼ばれ 誉められもせず 苦にもされず そういうものに私はなりたい
今日は長女・歩(あゆみ)の満6才の誕生日 父 三島 治 6年前、朝早く家内が陣痛を訴え(と言っても私は寝ていて、)家内が掛かり付けの産婦人科へ 電話をして段取りを済ませ、開業時間の頃に伺う手はずになっていた。 入院準備も済ませ家内と病院を訪れても誰も診察をしてくれる気配はない。 しばらくするとお産婆さんが出てきてこの部屋で待っていてくれるようにと診察室に案内された。 そのうちにけたたましいサイレンの音。鳴り物を持ってカンカンカンと事務長。 避難訓練のサイレンが鳴り、まさに緊急避難の実施であった。 平成3年の9月2日は月曜日で、前日の1日の防災訓練の日は順延になって、 その病院では朝からの避難訓練であった。 そのうち、さも申し訳ない様子で院長先生が診に来てくださり、 有り難いことに午前中に簡単に出産が出来た。体重は3024kgの女の子であった。 私はそれを見届け、銀行へ駆けつけた。月末処理と支払の段取り、借り入れの手はずも 整えなければならなかった。 せっかくの長女の出産にも汲々とした想いで、父親になったのに これからこの子をどのように大きくしていけるのだろうかと不安が大きかった。 銀行との交渉を済ませ帰りがてらもう一度融資担当の支店長代理と外の駐車場で会った。 「実は只今、長女が生まれたのです」と私が言った。 次長はさも大変そうに「何とかしなければいけないね」が先に出た言葉で 後からとってつけたように「おめでとう」を言った。 寝具の小売業。行け行けどんどんの時代でもなく、 また婚礼のお客様を追いかけ回して婚礼用寝具の販売をしていくしかないことにも 何となく矛盾を感じていた。 当時なんとか現実打破の突破口をと本店の他もう一店、 資生堂の化粧品と連動した「家庭百科の店」もスターとしてかなりのマイナスをつくっていた。 新しいお店の展開を考えていたのですが、なかなか魂を打ち込めないで 私は経営者ではあったがなかなか自分の志が到達できない、ただあるだけの店舗展開であった。 今のこのインターネットのバーチャルショップと同じ様子だったのかも知れない。 想いとか理想だけではとてもやっていけない時に、子供を授かり親になる。 まさに試練の時と言うことであろう。実践が必要だ。 親は子供が必要であり、その子供を通して学ぶべきことがたくさんある。 私も幼少の頃いろいろと悪さをするとよく父親がそうなったのは「俺の責任だ」とを聞くにつけ、 申し訳なくなったが「子は親の鏡=子供は親を演じる名優」のごときものであろう。 他方、子供にとっても「親を選んでやってくる」と言われる。 この親でなければ、学べないことがあるからその親を捜してやってきたのであると思いたい。 三歳児教育と三歳までにいろいろなことが備わりその人格形成に必要要素は揃うと言うが 物質面ばかりでなく精神面に於いても物質的不安があればこそ満足なものを与えてないような気がする。 過去を嘆いても仕方がない。 それをつくっていくのが今日の生活であろう。 今日一日。の繰り返し、しかし今日は新しい一日。 娘の6才の誕生日の今日。親としてしっかり子供の前を歩けるよう、 一人でものこの方に「よい眠り」、眠りの質の向上に寄与できますよう、喜んで進んで働きます。
平成×年×月×日(日) 目標、計画、実践について 三島 治 決算の書類が出そろい、多くの反省点を示されています。 そんな中で今期の目標・計画をたて実践していなければならない段階に立っています。 目標が絵に描いた餅にならないように日々の実践に 「雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けず」のこの実践に身を注ぐ決意でございます。 さて、振り返って原点であるところの、何のための仕事であるかを自分に問い合わせてみると、 父亡き後、家庭内の問題もあり東京でのサラリーマン生活にピリョウドを打ち、引き継いだ家業。 この家業がどれほどの価値があるだろうか。 家業=家の仕事の家業ではその家を守るための社会に対しては、半ば独りよがりのお家再興の仕事です。 実際に私の考えはそうでした。 亡き父母が心血を注いで気づいてきたお店をなんとか絶やすことなく再興させようと言うのが 私の使命であると思ってきました。 独り者である間はそれで良いのですが、他人である妻を娶り、子供を授かり私の一人よがりだけでは この家業なだけのその店ははその存続理由が通用しなくなり、抹殺されるかの思いです。 今私たちは大きな曲がり角に立たされていると随所で耳にします。至る所で起きている諸現象は まさに世紀末の様相を呈しています。 と同時にその出来事一つ一つが、大きな視点から見ると浄化作用となって人々に否、人類全体に 気づけ、気づけと注意を促し、大自然は世の中を良い方向に導こうとしていることのように思われます。 そして今、それに気づかなければ、やはりさらなるお仕置きを受けたり、 企業であれば抹殺されたりもするのです。 大小を問わず企業のトップや経営者の考え方、その企業のあり方が今ほど重要視されているときは ないのでしょうか。 さて、この世紀末、はっきりと思うのですが、もう物質優先の時代は終わろうとしている と言うことです。 もっとも行き着くところまで行って最後の抵抗を更にパワフルに展開しているところもありますが、 彼らもそれに気づいています。 しかし大きくなれば大きくなっただけ、気づき即行と言う軌道修正が出来ず、変態ができずに さらなる苦境に、歩を進めていると言う感じです。 私のような小さいものとしても、お家再興と言った小さな存在目標では社会から抹殺される時が 来ていると言えましょう。 自分の使命は自分に返ってくるものではなく、たらいの水のことわりのように外へ向かって流せば 自ずと自らに帰ってくるそんな道理のはずです。 そんな意味で私もしっかりと自分を変え、人世のためになるように使命感を置き換え、 その目標に対して綿密な計画を立てる時が来ています。 そしてこの段になりますと、この言葉が数字となって翻訳されなければならなくなります。 当然企業運営のための要である資金運用には数字がもっともの権威あるものになります。 私はよくそこで泣きを見るのですが、泣きを見ると言うことは翻訳がうまくできていなかったと 言うことでしょう。 また現れた数字たるや、もっとも簡潔にその企業の存在理由、社会的役割のバロメーター指標として 誰の目にも確かなものを示してくれます。 あまりにマイナスであれば、もうその企業の存在理由はないと判断されます。 事実やっていけなくなります。 私も今そのようなところに立たされています。立たされていますのではなく、自ら招いた、 もっと自信を持って言い換えますと「必要あってここに立っています」との表現が出来ましょうが、 これをなんとか修正してと思っています。気づけ気付との声に耳を傾け、自らを変えて行くしか 道はないと思います。 しかし、この時点であまり悲観的になってもいけませんし、永年培ってきたもの、 親先祖のお徳というものも忘れてはなりません。社会に御世話になってきたこと、 多くの方の援助・声援も忘れてはいけません。朝起き会で言う喜働の精神が大切だなあと思います。 さて、使命が「物や数字に置き換えられる」と言うことに関して、例えば自らが研究したり 親先祖のお徳によって導かれたところに「これはこうなんだ、実に正しい、このもの、この学びに 身を委ねよう!」と言う出会いはなかなか出会えるものではないと思います。 自らも求めるものがあってこそ、念ずれば花開くのご縁とか出会いがあると思います。 そこに本当に素直に信じる心があれば後は、使命が「いわゆる物や数字に置き換えられる」 ことなっても良いと思います。 昨日も家内と今後の計画について話をしたのですが、いろいろと紆余曲折をして結びついた メーカーや商品についてどれだけの信頼をしているか、その商品の物心両面に対して素直なところで 信頼があれば、後は自信を持って人世に薦めること。ちょうど朝起き会のご本(=倫風)と同じこと。 毎月月末に家内がお預かり持ってくるわずか30冊の「倫風」が 毎月しっかりと残ってたまっています。 どちらかと言うと私は傍観者的立場でいましたが、 仕事面では、理屈や原理原則だけ唱えている傍観者ではいられません。 大地にしっかりと足を据えた実践者で無くてはなりません。 おかげさまでここに至るまで親先祖をはじめ本当に多くの人のおかげで鍛えられ、 とりわけ「眠り」心をはぐくむ「眠り」に関して少しは人様に提供できることができるまで 成長させていただきました。 今後は実践者として大地に足をつけて与える側の人間として 喜んですすんで働くことをお誓い申し上げます。 最後に「雨ニモマケズ」の最後のくだり 「欲はなく、決していからず、いつも静かに笑っている、皆にデクノボーと呼ばれ、 誉められもせず苦にもされず、そう言うものに私はなりたい」