蚊帳(かや)の歴史 

蚊帳と書いても、なかなか「かや」と読めないのですが、 わが国では「播磨国風土記」で応仁天皇が播磨の国を巡幸の際に 「賀野の里」(=かやのさと)という所で、殿を作って蚊帳を張ったという記録が 蚊帳のはじまりのようです。 稲作=水田=蚊の発生=蚊帳の誕生となりましょうが、 どうやら蚊帳が本格的に作られ始めたのは奈良時代のことで、 唐から手法が伝わり、蚊帳の材質は絹や木綿だったようです。


これが、「奈良蚊帳」と呼ばれていたそうですが、
室町時代に入って、この「奈良蚊帳」の売れ行きに目を付けた
近江国の八幡の商人がはじめて麻の糸を織らせて蚊帳の生産を始めたのが
「八幡蚊帳」と呼ばれた蚊帳だったようです。

なぜ、近江八幡地方だったかというと琵琶湖の湿気が蚊帳を織るのに適していたということ。
湿気が十分でないと蚊帳の縦糸が切れやすいと言うことで
この地に蚊帳生産が根付いたようでした。

また改めて麻素材が
、蚊帳を蚊帳としてより付加価値の高いものにしていったとも言えるでしょう。
日本麻協会さん

1566年(織田信長が桶狭間の戦いに勝った6年後)に、 あの知る人ぞ知る、有名な(私はその業界の人間でして・・・・) ふとんの西川創業の年とされています。 すなわち、初代西川仁右衛門が19才で蚊帳・生活用品販売業を開業し、 その後、1587年 近江八幡町に本店 山形屋を開業したのがはじまりです。 このころの蚊帳は上流階級だけの贅沢品で、 戦国武将のお姫様の輿入れ道具としても、また夏の貴重な贅沢品として 「米にして2〜3石」と言う高価なもので、 庶民には暑苦しい紙の蚊帳(=紙帳)が使われていたようでした。 件の西川さんはその後、工夫を凝らし、 1620年代=寛永年間、に二代目西川甚五郎が麻生地を萌黄(もえぎ)色に染め、 紅布の縁をつけたデザインの『近江蚊帳』を販売し、人気を博したようです。 西川をはじめ八幡では、江戸時代に入ると17軒の蚊帳屋が講を形成していたそうで、 それが現在の日本蚊帳商工組合の源のようで 同じ近江の長浜でも「浜蚊帳」と呼ばれる蚊帳の生産が始まり 両方を合わして「近江蚊帳」と呼ばれ非常に有名な産品になったそうです。 一方、一般農村の人は「江戸では夜は青畳に寝て、夏は蚊帳をつる」と うらやましがっていたそうですが、 実際にきちんと蚊帳を吊って寝ていた人はどの程度だったのか? 一茶は 「馬までも 萌黄の蚊帳に 寝たりけり」 「江戸の水 呑々馬も 蚊帳に寝る」 「夕風や 馬も蚊帳吊る 上屋敷」 と詠っており、当時、馬にまで蚊帳を使っていた人があったようです。 しかし、とうの一茶自身は 「留守中も 釣り放したる 紙帳かな」 「月さすや 紙の蚊帳でも おれが家」 という状況だったようです。 ここで、出てくる「紙帳」とは、紙製の蚊帳で和紙をもみほぐして、 それを張り合わせて作るそうで、 大きさは普通の蚊帳並みで、壁面に30センチ角位の窓があって、 そこには蚊帳の切れ端が縫いつけてあるそうです。 庶民とは少し離れたところの麻の蚊帳でしたが、 合成繊維の蚊帳が出始める1960年頃までは近江を中心にかなり好況だったようです。 合成繊維の蚊帳が出始めと同時に、この昭和40年ころから蚊帳の使用が減りました。 これはちょうど、鉄筋コンクリート製の集合住宅が東京などで作られ始めた時期で、 この建物には蚊帳をつる鉤を取り付ける場所がありませんでした。 また、アルミサッシが普及したり・・・・クーラーが出てきたり・・・・ 強力な殺虫剤が登場し、あわせて下水道が完備され・・・・ さまざまな要因が蚊帳を過去のものにしていきました。 そのように、蚊帳が無用の長物になりそうで、 でも、消滅しなかったのは何故か?? このサイトでも数年間にわたり、 なぜか蚊帳?なのに蚊帳!アンケートでプレゼント」を 実施してきていますが、 夏はやっぱり蚊帳に限ると言う理由がたくさんあります。 まず、「閉め切った部屋で冷房をきかせて寝るのは健康に良くない」 「扇風機もクーラーも嫌い」 「夜は風通しの良い本麻の蚊帳に入るのが一番いい」 「幼い子供のためには殺虫剤を使いたくない」 アトピーの専門医さんも殺虫剤をやめて蚊帳をお使いくださいと言っています。 また、蚊帳は虫を殺さずに身を守る、 蚊帳は日本の心であり、 家族の絆を強めるとの評価も受けてます。 そんなこんなで 現代における蚊帳の活用法がたくさんあります。 家屋形態が変わったと申しましたが、 昭和40年ころの集合住宅には、部屋の四隅の背丈くらいの高さの 所に、鉤が埋め込まれている建物があったそうで、これは蚊帳を吊るすためのものでした。 それでも蚊帳は必要だと、それくらい蚊帳は生活必需品だったわけですね。 蚊帳の原型はテントタイプとでもいうのか、竹竿等で井桁を組んでそこに蚊帳をかけていたそうで、 昼間は井桁を端にずらしておいて、夜になると広げるというスタイルだったそうで、これは現在でも 熱帯地方では行われている所があるそうです。 天井から吊るし始めたのは江戸時代の初期だったようで、1609年にはこのタイプの記述が出てくる そうで、江戸時代中期には電車の吊革のような輪が出来て、この形が昭和まで続くのだそうです。 日本の少し優雅な蚊帳事情と比べて 絶対必要な蚊帳事情が世界中に見られます。

あなたの蚊帳が 子供を救う

一杯のスプーン(国際) キャンペーン運動です! どうぞ、あなたも蚊帳の中にお入りください。 蚊帳のページに戻る