ようこそ お越しくださいました
三島 治 と申します



 1997年8月 日経ゼロワン に 掲載された写真。
ホームページも枕測定器も珍しかった時代。

ちょっと時間が経ったかな?

この写真の前の私どもは・・・・三島やふとん店でやっていました

著書

 どうぞ、蚊帳の中へ 三島おさむ著  発行発売 ブッキング

私の名前は名前は三島治。はたと気がついたのですが あの初恋を描いた「潮騒」や
友情を描いた「走れメロス」を書き上げた日本の文豪の姓名を頂戴していました。
くれぐれも 切腹したり、人間失格にならないように謙虚な気持ちで 生き抜いてまいりたいと思っています。

睡眠改善インストラクター
睡眠改善協議会 認定証
anmin.com
 ウエッブマスター
あなたにやさしい快眠情報 発行責任者

プロフィール


1956年(昭和31年)静岡県磐田市で両親が寝具店を営む商家に長男として生まれる。 5人妹弟の長兄
1975年縁あって福島大学経済学部入学。大学4年の時父48歳で死去。卒業後、いったんは東京で就職するが結局、家業(寝具店・ふとん屋)を継ぐこととなる。

現在、ジュビロード商店街で有限会社菊屋(寝具店)代表取締役。 蚊帳の博物館館長
日本睡眠環境学会会員・睡眠環境アドバイザー  日本睡眠協議会公認睡眠改善インストラクター
いわたネット協同組合 副理事長   磐田銀二商店街振興組合理事長

寝具店(有)菊屋の社長としてよりも後者の睡眠環境アドバイザーとしての活動を多くするように心がけている。
と言うと格好が良いが、ふとん店としての社会的ニーズが相対的に低下してきていて、
これでは市民権を失い、存在し続けることも不可能になるのではと、あちらこちらへと、眠りについての勉強をさせていただいております。

そのような思いを形にと、毎週月曜日・ブルーマンデー克服のためにと 「アメニモマケズ・カゼニモマケズ」 
無料・メールマガジン「あなたにやさしい快眠情報」を発行し続けています。

また、現場では月に一度のペースで 睡眠改善インストラクターとして安眠講座を開設しています。

1999年 日本睡眠環境学会 第15回 睡眠環境シンポジウム( 10/15〜16 横浜国立大学)で研修発表をさせていただきました。
発表内容は  睡眠環境改善 第三の鍵 共生〜共眠 ここでは長年にわたり温めてきた私の睡眠環境基本構想を元に問題提示をさせていただきました。
2002年の第18回睡眠環境シンポジウムでも 睡眠環境改善第三の鍵・安眠空間創造についての考察 を発表
2003年の第19回睡眠環境シンポジウム(愛知医科大学)で、安眠空間について、21世紀蚊帳の中の人間像 を発表。

2003年6月に協同組合「いわたネット」を設立安眠講座の依頼からネット運営についての講演依頼ももいただくようになった。

著書 「どうぞ蚊帳の中へ」 (本の風景社発行

家庭生活の面では
数え上げれば恥ずかしい・・・19回の失恋の痛手を乗り切り、結局は、隣の、となりの、おもちゃ屋のおわりやの次女で保育園・小学校の同級生の家内と34歳でどうにか結婚。
その後・ラストスパートで 2男2女の父  おかげさまで家族そろって楽しいお祭りなどにも参加させてもらっています。


このところのマスコミからの取材  紹介されました!


テレビ・ラジオ〜新聞・雑誌でも掲載&オンエアされました

こちらをご覧ください





私とわたしの仕事に関する聖なる「偶然の一致」について


なぜ、私はここにいるのだろうか?
私は誰で、これから何をしようとしているのだろうか?
これにはどんな意味があるのだろうか?

亡き父は祖父が若くして他界したため医者になるという志を捨て、大阪の叔父の下で修行をし現業の手っ取り早い収入源となる小売業「三島屋ふとん店」をはじめた。昭和27年のことである。その時大阪で知り合った母と結婚した。

物不足の時世、寝具は社会的な要請を受け、また化学繊維等の出現は寝具の需要を高め、どうにか軌道に乗った商いをさせていただいた。
しかし、昭和46年母は肺炎をこじらせ41歳の若さで他界。同時期、父も白血病と判断され死の宣告を受けていた。父は商売を続ける気力を失い店を畳む覚悟でいたらしい。
そこに出会ったのが義理の母。義母は父に勇気とチャンスを与え、父もしっかりそれに応え店を再興することとなった。支店・営業所を設け、時流に乗って勢いのある店であった。

しかし以前より白血病で死の宣告を受けていた父にとっては、当時の商売のあり方は違うと思っていた。
実際に販売している寝具は、化学繊維、ウレタンマットレスをはじめ真の眠りによいのだろうかと疑問を持っていたようだ。
しかし、父は亡くなる5年ほど前から インドより高品質の綿を取り寄せて 「本物ふとん」 を製造・販売をしていた。
また、亡くなる2年ほど前には、浜松に「能力開発研究所」なるものを開設した。

本物ふとんのを継承30年を機に復活させました

そんな、父は信仰を重んずる人で神を敬い朝晩の拝礼の習慣を私たち子供に義務づけ、神あることを知らしめた。
そして、病気や困難がある度、今おまえは何を気づくべきかと私たちに諭してくれました。

さて、その開設した「能力開発研究所」では,だれもがそれぞれに天から与えられた特技(個性)を
活かすべく天の声が聞き取れるよう、こころを空にすること、清い心で眠りにつくこと、
眠りにつく前の心構え、一日のはじめ方等、自然に抱かれる「眠り」の啓蒙運動を展開した。
眠りと個性の発揮についての研究をしていた。

当時の私は大学で唯物史観を専攻していたが、大学3年の夏休みには「能力開発研究所」で
お手伝いをさせて頂いた。同時代に生きたカールマルクスと天理教の教祖中山みきの類似性と
神懸かりについて父にレポートを書いたりした。今思えば懐かしいいい想い出だ。

父はそんな使命感を抱きながらも、闘病生活にピリョウドを打つことになった。享年48歳。
しかし不思議なことに他界する3日前に社名を「三島屋ふとん店」から「菊屋」に代えていってくれた。

父亡き後、義母は再婚し、店を離れることとなり、私はなんとか「のれん」だけはと言う思いで家業を
継ぐことになった。
昭和54年。すでに従前の寝具店の社会的使命は終了しかかった頃のことである。
それでも、私はふとん屋の二代目としてメーカー問屋にあおられてはあの手この手と、販売促進を
掛けることを続けてきた。 しかし、社会的使命を完了した業種業態、そしてこの時節。
物余りで一向に売り上げが上がらない。おまけに寝具専門店よりも他のチャンネルで寝具を買う人が
増えている。

この苦境の中にあって気付くこと、学ぶこととは。
「物の時代は終わったのだ。気づけ!気づけ!確認せよ」 と自らに言い聞かせるも、
なかなか変わることはできません。
物品販売を生業とさせていただいている身の上。
真にお役に立てるものは何であろうかと思いつつ、販売促進に身を投じてきたのであります。

そして、
そこに出会ったのが寝具の製造メーカーの株式会社イワタの岩田卓三氏でありました。
「眠道」を掲げ、睡眠の自然体を提唱されている方であり
商品開発に関してもスリープケアシステムを立ち上げ、目指せ睡眠の自然体を基本理念
世界13ヶ国特許を有するイオゾンα2加工等の技術を駆使し世界に冠たる本物の羽ふとんの製造をメーカーのイワタの最高責任者でした。

私は父から受け継いだ本源的な蓄積のもと、岩田氏の指導を受け 「睡眠環境塾」 「羽毛研究所」に学び、
一方では早くから、「日本睡眠環境学会」の会員として、睡眠環境全般をみさせていただいております。

物は具現化して後からついてくるものだと、人々の「眠りの質の向上」に働きかけたいと覚悟をしました。
そんな思いが、インターネット上にも、素人でありながら比較的早い時期から取り組ませていただいたということです。

このところの少年犯罪と眠りの関係について

犯人が中学生以下と言うことには、たとえ教育者でない者にとっても悲しいことです。
時代は病んでいるなあと思わずにいられません。
起きてはならないことが平然と起きてしまった悲しい事件です。
今ほど「心」の問題を取り上げないではいられないでしょう。と言いながらもその術を知らない。
原因の一つにサーカディアンリズム(=体内時計)の狂いが「キレル」状態を引き起こしているとの
見解があります。
「キレル」状態はサーカディアンリズムの歪みが起こしているのならば、
まず正しい睡眠覚醒リズムに整えて上げる必要があろう。

物が有り余っている時代、(どこの家でも寝るふとんは十分揃っています)様々な情報が行き交う時代。
そんな現代社会において「心」がしっかりとやすまる環境=本当の眠りを子供たちに与えているのだろうか。
道徳心とか倫理観の欠如を嘆かわしく思うと同時に「眠り」の環境の不安定を感じています。

結婚に際して購入される場合の形式的な絢爛豪華なふとん、はたまた値段のことばかりで内容の全く伴わないふとんから、
心をはぐくむ眠りを実現できる道具・心の巣箱としての寝具(心具)を提供していこうと思ってきました。

より良い「眠り」の提供。そのバロメーターはその方の生き方、良い「眠り」をとれる人はよりよい人生を歩める。
そこまでの眠りの提供が出来たらいいなあと思っています。
さしずめ「目覚め」よければ「眠り」よし。潔い朝の迎え方が大切だと思っています。



私と仕事に関する聖なる「偶然の一致」について (インターネット編)


私は、物としてのふとんの販売をから、質のよい「眠り」の提供に自分の仕事の質を変えようとしてきました。
そこに、この道具としてのインターネット。私は40歳の誕生日に資金的にも時間的にも、かなりの無理をしてインターネットの導入をすることができました。

この道具を使うことによって、制限とか限定を取り除いてくれる。
正しいことを胸を張ってやっていくことが殊の外、抵抗なくできるのである。
使い方など分かりませんでしたが、今世紀最後の偉大なる道具のように思っていました。

インターネットを始めた頃の私の夢

私は物売りのふとん屋でなく、眠りのコンサルになりたかった。
正しい眠りの情報を提供し、人々の眠りの質の向上に寄与できたらと思って来たはずだ。
詭弁的な表現になってしまうかも知れないが、自己の欲望や売上げ予算をクリアすることより、
眠りの質の向上にお役立てできるよう頑張っていくつもりだったはずである。

「よい眠りはよい心をつくる」と唱えていきたい。
そんな想いがこのバーチャルの世界では正当化されてきている。
そしてその想念が現実の世の中でも花開くときが必ず来ると信じる。
そんな情報を発信できたらとメールマガジン「あなたにやさしい快眠情報」を発行することにもなりました。

そしてそんなとき中野真作さん主宰の気づきのメーリングリストとの出会いがあり、地球交響曲(ガイアシンフォニー)の上映会もまさに現実の社会とインターネットの世界の両輪があったればこそ成功した事例といえましょう。

学校を出てから20年近くなる今日、どんなきっかけか人生のほとんどを枕の研究開発につぎ込んでこられ、今なお全国的に枕博士として名高い加藤勝也氏のご協力。
そして私が学んでいた頃、唯物論学者の砦であった福島大学で魂の永続性と生きがい論を説いた飯田史彦氏との出会い。このお二人も私をこのバーチャルの世界に飛び込ませるための勇気と知恵を与えてくれた人でもありました。

聖なる「偶然の一致」。数え上げればきりがないが、片田舎(磐田)から田舎(福島)へ思わぬ旅立ちをした18歳の頃の私。行くところがなく、どうにかこうにか滑り込んだ学校の中にも不思議な縁を生かさせて頂き、インターネットに飛び込めた両氏との絆にも感謝しています。

また、不思議なご縁で私の住むここ磐田市に静岡産業大学が開学しました。
日本で唯一、経営環境学科を有する特色ある大学として卒業生を世に送り出しはじめました。
この大学の母胎は私が3年間の寄宿生活をさせていただいた静岡学園高校で、当時、苦手だった数学の手ほどきをしてくださった牧野秀則先生が本部長として開学から現在に至る大学運営に重責を果たされています。
そんなご縁もありまして、開学以来、睡眠環境講座等、事ある毎に学びの場としてお世話になっています。
睡眠環境地球環境さらには経営環境とその三位一体で世の中のお役に立とうとエコサイクル事業部を運営させていただいております。

5歳年下の弟(=三島茂)は構造医学の師を仰ぎ現在東京に三島治療院を開業している。
腰痛対策をはじめ私の開いている 「枕なんでも相談会」 などで手にあまる患者さんには弟の三島茂先生のアドバイスをもらっている。

他方
ネットを通してご要望いただく
枕 抱き枕 蚊帳などの特別注文の製造販売も忙しくなりました。 

人生には無駄なことがなく、すべて不思議にリンクされている思いです。 
そして、私の使命を自覚して眠りの世界を充実させていきたいと思っています。目指すは睡眠の自然体。

さらにインターネットの可能性と眠りの面でのお役立ちと言った目的から寝具店の菊屋を超えた【あんみんCOM】をスタートさせ先代の
能力開発研究所をここの「安眠友の会」を設立することによって引き継ぐ形ともなりました。

眠ることと死すること。逆をいえば目覚めることと生きること。

両方とも自然体で自分らしくやっていきたいと思います。
目指すは眠りの質の向上・睡眠の自然体!        どうぞよろしくお願いいたします。



 2005年 愛地球博覧会の会場にて