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無知や未知がもたらすもの

静岡産業大学・経営学部助教授 杉山三七男

2004/7/15 No.1252  磐田市ホームページPDFファイル


 無知や未知は何ももたらさないと言われるかもしれない。 本当にそうであろうか。 確かに、 その状態をすべての出発点とすればそうであろう。 しかし、 ある点に関して無知や未知であっても、 すでに偏見は存在して活躍している。
 例えばわれわれは、 昔から火山を神のように扱ってきた。 火山が噴火するメカニズムを知らない昔の人々は、 噴火という手に負えない現実に直面し、 偏見を駆使して山を神に仕立て上げたのではないか。
 もっと日常的な出来事に基づいて考えてみよう。 ある町で、 日本人女性が外国人に乱暴されたという噂が立った。 警察に問い合わせたところ、 そのような事件はないとのこと。  
 事実はこうである。 ある日のこと、 ある女性が夜遅く帰宅する途中、 公園の近くで見知らぬ外国人が集まっている所の近くを通り過ぎ、 怖い思いをした。 翌日彼女は、 職場の仲間に昨夜の怖い思いを話した。 その話が人々に伝わる段階で、 日本人女性が外国人に乱暴されたという内容になってしまった。 外国人は、 本国に国際電話をするため、 公衆電話の周りに並んで待っていただけのことである。
 その女性は、 いったい何を見たのであろう。 外国人が集まっているという事実を見ただけではない。 「見知らぬ」、 そしてそれ故に 「怖い」 外国人を見たのである。 それは、 彼女が心の中で作り上げた偏見だが、 当の彼女にとっては真実なのだ。 そして、 彼女と似通った思考をする人々が、 彼女の話を乱暴事件にまで仕立て上げてしまった。




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