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| 付き合い |
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| 静岡産業大学・経営学部助教授 杉山三七男 |
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「付き合い」は必ずしも良いものばかりではないが、ここではその一面について考えてみよう。
大学生の時、私は友人の企画でスキーに行ったことがある。その時、旅館で同室になった学生は同じ大学の山岳部員で、雪山へ行くと言っていた。ところがその彼が雪山で遭難してしまったのだ。創作が困難ということで初夏まで放置され、5月に学校で密やかに告別式が営まれた。このことを考えてみよう。
もし私がまったく彼を知らなかったら、おそらく告別式の掲示に気づかなかったであろう。たとえそれを見たとしても、厄介なことをしてくれたものだと思ったり、「死ぬのは勝手だが後のことや迷惑を考えろ」とつぶやいたり、費用はいくらかかったのだろうと詮索したりしたであろう。場合によっては、自分が納めた学費がその費用に充てられたものと思い込み、ちょっとした怒りまで覚えてしまったかもしれない。
実際の私は、告別式で遺影を目にし、涙がこぼれてきた。スキーで同室になって夜中まで語り合ったことが思い出されたのだ。四角い顔、がっちりした身体、頭にバンダナを巻き、純朴な感じでボソボソと夢を語っていた。控えめで、酒が強く、笑うと目尻が下がり、何とも言えない和やかな雰囲気を醸し出す好感の持てる人物であった。
ここには、同じ人間に対する二種類の見方がある。一方は抽象的で人格のない人間であり、他方は個性豊かな人間である。それを分けたのは、付き合いの有無ではないか。
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