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五輪でメダルを
サッカー五輪代表監督 山本昌邦さん
 日大三島高、国士舘大を経て、ヤマハ発動機サッカー部に入部。1980年〜84年まで日本代表。現役引退後、18歳〜20歳以下の日本代表コーチ、監督などを歴任。ジュビロのヘッドコーチを経て、2002年のW杯では日本代表のコーチを務める。
 (元天神町在住・45歳)
山本昌邦さん

2004/9/1  No.1243

 磐田市ホームページPDFファイル・13ページ目


2月6日、ゆめりあでの山本昌邦さん 3月1日から18日まで、サッカー五輪代表(23歳以下)は、市場初の3大会連続五輪出場に向け、アジア最終予選を戦います。山本監督は、前回のシドニー五輪でもコーチとしてチームを率い、今回は監督として五輪出場を目指しています。
 小学校5年生から サッカーを始めた山本監督。身体能力の高さを買われ、大学時代には、サイドバックとしてユース代表、フル代表にも選出されました。
 選手時代から将来は指導者を目指していたという山本監督。25歳から、指導者の免許を取得するために学校に通っていたそうです。
 「選手と監督は全く異質です。いい選手がいい監督になるとは限りません。選手への伝達力や、コンディション管理など、さまざまな知識が必要とされます。」
 現役引退後は、世界のサッカーを勉強し、ジュビロのヘッドコーチに就任して2年間でほぼすべててのタイトルを獲得。
 「地元のジュビロに戻り、恩返しできたことが本当にうれしかったですね。」
 磐田はスポーツの香がするという山本監督。
 「W杯のおかげで、磐田でサッカーをやりたいという選手が全国に沢山います。スポーツのまちづくりに少しでも貢献できればいいですね。」
 前回のシドニー五輪は、ベスト8。今回の最終目標はメダル獲得です。
「メダルを獲得することも勿論大切ですが、そこに行き着く過程が大切です。一試合でも多く、より大きな舞台で戦うことが、選手にとって大きなプラスになります。そして五輪での経験は、必ずフル代表での活躍につながります。」
 山本監督は、 この五輪チームから、ドイツのワールドカップに沢山の選手が出場し、活躍することを願っています。
 「小学生の時から、日本のサッカーを強くしたいと夢見ていました。今もその夢に純粋な気持ちで向かっています。」





このページは、磐田市から広報いわたのデータを頂き、ホームタウンいわたが編集しています。