「しっぺい太郎」の周辺あれこれ



 「しっぺい太郎」の周辺には、「見付天神」や「はだか祭り」や、はたまた「山住神

社」やら、様々な興味深いお話や行事があります。                

 いろいろな情報を寄せていただいています。
駒ヶ根市の小原さん、壬生さん、磐田市の後藤さん・加藤さん・久野さん・近藤さん、ありがとうございます。


<後藤さん(lsgotopmc9@agt.tokiomarine.co.jp)「悉平太郎」名前の由来



<加藤さん(iku@aikij.com)悉平太郎物語



<駒ヶ根市の小原さんの早太郎伝説



<郷里の光善寺に想いをはせる壬生さんの早太郎伝説アニメーションGIF




<久野さん(PBA00505@niftyserve.or.jp)からの情報です。>

                                       

<「しっぺい太郎」と「はだか祭り」との関係>             

                                       

 確か、はだか祭りは件のしっぺい太郎神話の生贄を捧げるための儀式と聞いたように

覚えています。つまり、しっぺい太郎に魔物(ヒヒ?)がやっつけられる前に、毎年行

われていた生贄を捧げる儀式が裸祭りだというわけです。生贄を運んだ深夜の「お渡り

」が、今では親戚のお宮さんにご神体が年に一度遊びに出掛けるという設定に変わって

いるだけなわけです。一番触れ、二番触れ・・・と沿道を清め、最後に生贄を収めた白

い柩をかついで、月の無い真夜中に粛々と運ばれたに違いありません。       

 しっぺい太郎以降は、逆にその儀式を喜びの表現に置き換えて、習わしを現在に伝え

ているというわけです。                            

                                       

<「しっぺい太郎」の顛末>             

                                       

 それから、しっぺい太郎は、駒ヶ根に戻る途中で不遇の死を迎えたという話しがあり

ますね。旅の僧がしっぺい太郎と一緒に駒ヶ根に向かっている途中で、野宿していた時

突然しっぺい太郎が恐ろしい形相でうなり声をあげ、僧にとびかかろうとしたのです。

あわてた僧は、さてはしっぺい太郎も野性が戻ったか、と脇の刀に手を延ばし、しっぺ

い太郎が素早いジャンプをした瞬間、居合抜きにしっぺい太郎の首を切り落としたとい

うのです。しっぺい太郎とは、僕はきっとオオカミ(日本オオカミ?)だったのではな

いかと思っています。                             

 ところが、その僧が落ちてきたしっぺい太郎の首を見て、愕然としたそうです。その

口には、なんと毒蛇の頭がくわえられていたというのです。僧を後ろから狙う毒蛇を間

一髪のところでかばってくれかわけです。それ以降、その僧はその地に祠を作り、しっ

ぺい太郎を祭り、生涯をその犬のために写経などをして過ごしたということです。  



 こういう結末にすると、ちょっと悲しくて印象的だと思いませんか?       



 ところで、霊犬神社ってどのへんにあるんでした? 上記の悲劇版ストーリについて

も、天竜の奥の方にそんな言い伝えの祠があるように記憶しています。       

                                       



<近藤さん(BZZ14210@niftyserve.or.jp)からの情報です。>                                         <「見付天神裸まつり」のこと>                                                             磐田市見付の矢奈比売(やなひめ)天神社の秋祭りは、天下の奇祭「裸まつり」とし て知られています。毎年旧暦8月10日の直前の土曜日の夜に行われ、ちょうど台風シ ーズンに当たりますが、どんなに天候が荒れようと、日程が変わることはありません。 祭りに参加する男子氏子の出で立ちは、新わらで編んだ腰みのをさらしの上に巻き、 黒足袋にわらじばき、各町そろいの手拭いを頭や首に結び、上半身裸です。      夕方6時には子供練りが約20の町内から出発し、天神社とその西約500メートル にある淡海(おうみ)国玉神社(総社)へお参りします。夜9時からはいよいよ大人連 の出発です。「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声も勇ましく、体をぶつけ合い、鈴を打ち鳴ら しながら見付の街を練り歩きます。                        そして11時過ぎ、全ての連が4つの団にまとまり、天神社拝殿に次々に飛び込んで いきます。拝殿内は数百の男たちが体をぶつけ合い、掛け声を掛け合うすざましいエネ ルギーにあふれ、蒸気で白くかすんでしまうほどです。               午前0時を過ぎたころ、練りが2つに分けられ、拝殿奥に安置されていたご神霊を乗 せたおみこしが、静かに拝殿を出て山門へと進みます。この時、花火を合図に見付の街 の灯火が一斉に消され、月のない闇の中をお供の者に担がれたおみこしが総社へとひた 走ります。                                   男たちはおみこしの後を追い、総社でご神霊にお参りし、腰みのを納めて各町へと帰 っていきます。                                                                         <「しっぺい太郎」と「はだか祭り」との関係>                                                       しっぺい太郎の怪物退治に、人々が喜び踊った、という説、史料をもとに992年8 11日の京都北野天神(菅原道真)の勧請に歓喜勇躍の舞を奉じたのを起源とする説が あるようです。                                                                        
 伝説には、興味深いいわれやら顛末やらまつわる話やらが、人により家により場所に より、様々に形を変えてあるものなんですね。もっともっと、あるんじゃないでしょうか。  引佐町で息を引き取ったという説「引佐むかし物語」のページに紹介されています。  「しっぺい太郎」は「遠州七不思議」の一つだという話も聞いたことがあります。                                       ぜひ、もっともっと情報をお寄せ下さい。メールはこちら(mkoyama@mail.wbs.ne.jp)までお願いします。                             

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M.Koyama